東京高等裁判所 昭和51年(ネ)1363号 判決 1980年8月25日
控訴人
根岸美子
右訴訟代理人
谷口欣一
外二名
被控訴人
浜中信一郎
右訴訟代理人
小室貴司
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 被控訴人は控訴人に対し、金六六六万四、三八五円及びこれに対する昭和四七年一月二〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被控訴人のその余の請求を棄却する。
四 当審における訴訟費用は、これを三分し、その二を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。
五 この判決は第二項に限り仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一(主位的請求について)
当裁判所も控訴人の被控訴人に対する本件土地所有権移転登記抹消登記請求は、理由がないものと判断する。その理由は、次のとおり付加訂正するほか、原判決理由欄記載のとおりであるから、これを引用する。
1、2<省略>
二(予備的請求について)
次に、控訴人の当審における予備的請求について判断する。
1 本判決が付加、訂正のうえ引用する原判決の認定、判断したところを要約すれば、被控訴人を貸主、中央高速カントリーを借主として、昭和四六年七月二六日金一、〇〇〇万円を弁済期同年八月二五日利息年一割五分、期限後の損害金年三割の約定で貸渡したこと、その際、右金銭消費貸借に基づく債権を担保するため、被控訴人と控訴人の代理人玉井利雄との間で控訴人所有の本件土地について抵当権を設定するとともに、弁済期日に債務の履行を遅滞したときは弁済に代えて同土地の所有権を移転する旨の代物弁済予約を締結し、原判決添付別紙登記目録(一)の抵当権設定登記及び同目録(二)の所有権移転請求権保全の仮登記を経由したこと、その後右債務の履行がなされなかつたので両者協議のうえ、同年九月六日まで支払が猶予されたが、依然履行の遅滞が続くので、被控訴人は同年九月一七日控訴人の代理人である玉井利雄に対し、代物弁済予約完結の意思表示をしたうえで、同年九月二九日受付日付をもつて本件土地につき代物弁済を原因として、同登記目録(三)の所有権移転登記を経由したものである。
2 ところで、右認定の本件土地に関する代物弁済の予約が控訴人主張の仮登記担保契約に当るかどうかについて検討するのに、<証拠>によれば、被控訴人は昭和四七年一月一九日本件土地を訴外日本分譲信販株式会社に対し金一、八〇〇万円で売却したことが認められ、右売却代金が時価に比し不当に安値であつたと認めるべき証拠もないところからすれば、本件代物弁済予約締結時における本件土地の価額も右金額に見合うものであつたと認めるのが相当である(右認定に反する当審鑑定人廣田省二の鑑定の結果は採用しない。)。これに対し本件金銭消費貸借の元本は一、〇〇〇万円であるから、前記認定の約定の利息損害金を加味して考慮してみても、本件土地の価額とは合理的均衡を失するものといわなければならない。これと前段認定の諸事実を綜合すれば、他に特段の事情の認められない本件においては、右代物弁済の予約は、いわゆる帰属清算型の仮登記担保権の設定契約と認めるのが相当である。 そして、帰属清算型の仮登記担保契約においては、仮登記担保権者は、債務者が債務の履行を遅滞したときは、代物弁済予約完結の意思表示をすることにより目的不動産を処分する権能を取得し、その不動産を適正な評価額で自己の所有に帰属させて債権の弁済を受け、超過額があるときはこれを清算金として担保提供者に支払う義務を負うものである。この場合右換価処分が終了するまでは債務者もしくは担保提供者は債務を弁済して目的不動産の所有権を取戻すことができる筋合である。しかしながら、仮登記担保権者が担保権を実行して目的不動産の所有権移転登記を経由したうえこれを善意の第三者に譲渡して所有権移転登記を了したときは、その所有権は確定的に移転し担保提供者は目的不動産の所有権を取戻すことはできず、単に清算金の支払を求めるにすぎないものというべきである。ところで、本件においては、前記認定のとおり昭和四六年九月二九日控訴人から被控訴人に対し本件土地の所有権移転登記がなされ、昭和四七年一月一九日被控訴人から訴外日本分譲信販株式会社に代金一、八〇〇万円で売渡され、さらに<証拠>によれば、本件不動産は右訴外会社から訴外田中幸二郎及び田中レイの両名に対し転売され、同年三月二四日付で被控訴人から中間省略登記により右両名に対し所有権移転登記がなされたこと、右訴外会社及び訴外人らはいずれも善意であつたことが認められるから、これにより本件土地の所有権は完全に右訴外人らに移転し、控訴人は前記清算金の支払を求めうるにすぎないものというべきである。
そこで右清算金の額について検討するのに、本件においては、前記認定事実に鑑み、被控訴人が本件土地を換価処分した昭和四七年一月一九日を基準時として本件土地の適正評価額と債務額との差額を算出し、これをもつて清算金とするのが相当であり、本件土地の適正評価額はその現実の処分価額である金一、八〇〇万円とするのが相当である。他方、右時点における債務額についてみると、前記認定の本件金銭消費貸借の約定によれば、その元利金の合計は、元金一、〇〇〇万円とこれに対する借入日である昭和四六年七月二六日から弁済期である同年八月二五日まで三一日間の年一割五分の割合による利息金一二万七、三九六円、翌八月二六日から清算日である昭和四七年一月一九日まで一四七日間の年三割による損害金一二〇万八、二一九円の合計金一一三三万五、六一五円となる。そうだとすれば、被控訴人は控訴人に対し清算金として、昭和四七年一月一九日当時の本件土地の適正評価額金一、八〇〇万円から上記債務額一、一三三万五、六一五円との差額金六六六万四、三八五円を支払うべき義務があつたというべきである。してみれば、控訴人の被控訴人に対する請求は右清算金六六六万四、三八五円とこれに対する基準日の翌日である昭和四七年一月二〇日から支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当というべきである。
3 次に、被控訴人主張の相殺の抗弁について判断する。
(一) 被控訴人は、控訴人の代理人玉井利雄に対し、昭和四六年四月三〇日に金一〇〇万円、同年六月初旬頃金五〇万円、同年六月中旬頃金三〇〇万円、同年七月二九日金二四〇万円をそれぞれ貸渡したと主張し、<証拠>によれば、被控訴人が玉井利雄に対し、その主張の金銭を貸渡したことが認められるが、前記書証によれば、右貸付の際被控訴人に交付された小切手、約束手形、受領証、借用証には、すべて中央高速カントリー代表取締役玉井利雄が借主として表示されており、控訴人は借主もしくは保証人として記載されていないことが認められるうえ、前記<証拠>によれば、被控訴人は、本件相殺の意思表示に至るまで、前記貸付金について、なんらの請求もせず、かつ物的担保の提供の要請その他の債権確保の措置を全く講じていないことが認められる。右認定の事実と右貸付が控訴人に対してなされたものであることを否定する<証拠>を綜合すれば、右貸付の借主が控訴人であるとの<証拠>はにわかに措信することができず、他に被控訴人の右主張を肯認するに足りる証拠はない。
(二) 次に、被控訴人は昭和四六年九月一六日に本件土地の地目変更のための費用金三〇万円を控訴人のため立替えて支払つた旨主張し、<証拠>によれば、本件土地の地目は前記一、〇〇〇万円の貸金の担保として抵当権設定及び代物弁済の予約の各登記が経由された昭和四六年七月三一日当時畑であつたため現況に合致せず、かつ担保価値が低いので、被控訴人は控訴人の代理人玉井利雄に対し地目を雑種地に変更することを要請し、同人はこれを承諾して、同年九月一六日被控訴人から金三〇万円の交付をうけ、訴外京葉興発株式会社に本件土地の地目変更の登記申請手続を依頼し、同会社に対しその費用として金三〇万円を交付したこと、その際右代金の領収証の宛名が控訴人と記入されたこと、その後同年同月二二日本件土地につき右地目変更の登記が経由されたことが認められ、<る。>しかしながら、右地目変更の登記は前記抵当権設定契約等の登記がなされた後、被控訴人の利益のためになされたものであるうえ、右地目変更の登記に要する費用の負担者及び負担割合について被控訴人と玉井との間で協議または約定のなされたことを認めるべき的確な証拠はないから、当時本件土地が控訴人の所有名義であり、また費用領収の宛名が控訴人とされていることを斟案しても、控訴人が当然に右費用を負担すべきものであるとまでは認め難く、前記<証拠>も右認定を左右するに足りず、他に被控訴人の右主張を肯認するに足りる証拠はない。
してみれば、被控訴人が右登記費用三〇万円の出捐をしたからといつて、これを立替金として控訴人に対して請求することはできないというべく、したがつて、この点に関する被控訴人の主張も採用することができない。
(三) さらに、被控訴人は、控訴人が昭和四六年一一月初旬頃株式会社今井製作所振出の小切手を持参して貸付の依頼をしてきたので、金九〇万円を貸渡したと主張するので検討するのに、<証拠>によれば、同人は株式会社今井製作所振出の小切手一通(額面九〇万円)の裏面に予め小切手保証の趣旨で控訴人の署名押印を貰い、同会社の代表取締役今井幸一を伴つて被控訴人方に赴き、同小切手を被控訴人に交付して金九〇万円の貸付をうけたことが認められ、<証拠>中、右認定に反する部分は前記証拠に照らして措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定の事実によれば、控訴人は右小切手に保証の趣旨で裏書をしたにすぎないから、被控訴人から小切手金の支払請求を受けるのであれば格別、その原因関係である被控訴人の玉井もしくは株式会社今井製作所に対する貸付債務についてまで保証債務の責を負うべきものと認めることはできない。したがつて、被控訴人のこの点に関する主張も採用することができない。
以上のとおりであるから、被控訴人の抗弁は理由がないものといわねばならない。
三してみれば、控訴人の被控訴人に対する主位的請求を棄却した原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから棄却を免れないが、当審における予備的請求については、控訴人が被控訴人に対し金六六六万四、三八五円及びこれに対する昭和四七年一月二〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求める限度においては正当として認容すべきであり、その余は失当として棄却すべきである。よつて、訴訟費用の負担について民訴法第九五条、第八九条、第九二条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(渡辺忠之 鈴木重信 糟谷忠男)